墓穴を掘る

組織を人事で動かすのは、最も卑劣な行いのひとつである。それを政治手法の主軸と信じて疑わなかったところに、この人の底の浅さがある。墓穴を掘る、とはこのことではないか。

 

家族を養うために、人は嫌なことも我慢して仕事をこなす。よりよい生活のため昇進し、地位を向上させることを目標に頑張る。企業に働く人は、上司の歓心を買うためにお世辞のひとつも言う。政治の世界も同様、官僚はより高位を目指して忠臣に励む。そうしないと、自分が目指す行政を真の意味で展開できないからだ。

 

そんなことを分かったうえで、彼らの弱みに付け込み、揺さぶって己の権力基盤を構築する。前の首相が設置した内閣人事局で役人を壟断する手法が浸透し、この人が首相になって踏襲した。品性下劣である。ポストをちらつかせたり、はがそうとしたり。下で使える者にとって、最も嫌な上司でである。嫌ならやめろ。そう言われるに決まっている。

 

往生際も最悪だった。コロナに「専任」したいから退くという。あべこべである。「専任」したいから首相にとどまる、というのが文法的に正しい。けっきょく、負けることが判明したから出馬しないだけの話である。コロナを言い訳に使ったことで、自らをより小さく見せてしまった。

 

人事で人を動かす人は、実力がないと宣言しているに等しい。人事権を失えば、行使するものは何もないからだ。人として魅力がないと公言しているようなものだ。この人の場合、派閥という応援団がなかったことも退陣を早めた原因のひとつだが、人事で人の気持を愚弄することに何のためらいもない人には、支援者も集まりようがなかった。