愛国心ほど怖いものはない。国を愛することに何も問題はない。問題は愛し方にある。日常生活の中で、民族や国籍、国境を絶えず意識しているわけではない。人は生まれながらにして民族や国籍は選択できない。民族を誇ることは構わないが、過度に主張すれば、他の民族を排斥する行動に至ることもある。それが侵略に結び付く。お前は国を愛していないのか? ならば出ていけ。
人は生れあるいは育った国を自ずから許容しているのである。許容しているから、そこに存在していると考えるべきだ。国や国籍、民族の別を否定しても始まらないのだ。愛しているかとか愛していないのかとか、議論すること自体意味がない。悲しいことに国境は過去に侵略し侵略されて画定したかもしれない。しかし本来はなかったはずのものである。悲劇的であれ、あくまで便宜的なもの。互いに認め合って暮らせば意識する必要はない。多数であれ少数であれ民族そのものを尊重することは自明である。宗教もまた同じ。性差も然り。
国を愛そう。そう言ったとたんに「愛する者」は「愛さない者」を疑似的に作り出す。国を守ろうと戦った人を祀ってどこが悪いのですか? 悪くはない。しかし、どこからどこまでが「国」なのか? クニとはいったい何者なのか?