元首相が暗殺された。人の死は厳粛なものである。何人も侮辱すべきではない。しかし凶行と生前の評価は全く別である。生と死は別物であるのと同義である。
被疑者の言動が事実であることが前提だが、特定の宗教団体の支援者の系譜に連なる人物を消し去ったことに政治的意図はないと話している。とすれば、これは政治テロではなく怨恨である。投票直前に起きたのは、的を絞りやすかった時期を選んだためではないか。ただし、団体と太いパイプを持つ政党に打撃を与えるのが主目的とだったら政治テロになる。
怨恨の矛先は、家庭崩壊の原因を作った特定の宗教団体に向けられている。そこに関連する知名度の高い人物を標的にしてその団体の存在を間接的に世に知らしめることが目的だったと思われる。とすれば被疑者の目的は半ば達成されたということができる。マスコミは当初、民主主義への重大な挑戦と大騒ぎしたが、宗教団体に対する抗議を長年続けてきた弁護士らの登場で様相が一変した。
自民党とこの団体の友好関係は今に始まったことではない。年配者なら誰でも知っている既成事実である。元首相の地元は関釜フェリーなど韓国との交流は地理的にも深く、政治的なルートも太い。祖父が切り開いたパイプ、との説も間違ってはいないだろう。反共団体と保守政党が繋がるのは不自然ではない。歴代首相は、ほぼ例外なくこの団体もしくはその関連団体に祝辞や感謝を伝える見返りに、何かしらの返礼を得ていたと想像する。
その団体の狂気性については論を待たない。そうした団体に政権与党が間接的にでも関係を持ち続けていることは、罪深い。政党の利得のためであるとしても、政治家・政党としてのモラル、プライドの問題として許容できないレベルである。
昨日、元首相のスピーチのセンスについて、あるワイドショーが取り上げていた。某国大統領とゴルフに興じた。バンカーショットの直後に足を滑らせて転倒した場面を上空のカメラが捉えていて世界に配信されたという。壇上の元首相は面白おかしく話したようだった。番組では大いに持ち上げていたが、クスリともできなかった。亡き人を偲ぶとはこんなことだろうか。